「ダヴィド様!」
ポールがいち早く反応し、背筋を伸ばした。
ダヴィド様とポールは知り合いなんだろうか?
その疑問はすぐに解消した。
「ああ、モニークじゃないか!失礼、そちらは?」
どうやら、ポールが一方的にダヴィド様のことを知っているようだ。
それにしても、モニークじゃないか、とはわざとらしい。
いま気付いたかのように言っているが、ぜったい最初から気付いていたはずだ。

じっとりとしたわたしの視線に気付いたダヴィド様が、茶目っ気たっぷりにウインクした。
「わざと聞いてたわけじゃないよ。こっちのほうが先客だ。きみたちが後から来たんだからね。」
ダヴィド様はキラキラとした笑顔でわたしに笑いかけている。
心を無にしようとしていたときも、何度も何度も浮かんできたこの笑顔。
あぁ、駄目。
手遅れになりそう。

「ダヴィド様と知り合いなら最初から言えっての。」
ダヴィド様に聞こえないように、わたしの斜め後ろでポールがチッと舌打ちをした。
本当に、ポールには怒りを通り越して、げんなりする。
目の前のダヴィド様と背後のポールで落差がひどすぎる。
わたしがダヴィド様と知り合いだろうかなんだろうが、ポールになんの関係があるだろう。
ポールと結婚するつもりなんてないんだから、偉そうに命令される筋合いはない。

断言する。
こいつと結婚するくらいなら、一生独身を選ぶ。

それにしても、ダヴィド様は、わたしと顔を合わせるのが気まずくはないんだろうか。
わたしは、この前のことがあってから、次にどんな顔をして会えばいいのかと、いろいろ考えていたのに。
実際に会ってみれば、まるで親しい仲のように接してくれてホッとしている。
特に、この性格の悪いポールと二人でいたからこそ、余計にありがたく感じる。

「こんなすみっこだもの。いらっしゃるなんてぜんぜん気が付かなかったわ。どうしてこんなところに?」

わたしたちが会話を始めようとしたところで、早くダヴィド様に紹介してもらいたくてうずうずしていたポールが、わたしを押しのけて、ぐい、と前に出た。

「初めまして、ダヴィド様。モニークがお世話になっているようで。わたしはポールといいます。」

わたしが、お世話に、なっている?

まさかの婚約者気取り。
わたしは婚約するつもりなんてない。
父も、試しに顔合わせをしてみて互いに気が合うようだったら、と言っていた。
ダヴィド様に誤解されたらどうしてくれるんだ。
こんな男と婚約しただなんて思われたくない。

ダヴィド様の視線が、ちらりとわたしを向いた。
その瞳は、分かっている、という言葉をのせていた。
それに力を得て、わたしは口を開いた。

「今日初めてお会いしました、ポール様です。付き添いが側を離れることになったので、親切にも付き添ってくださったんですわ。」
ダヴィド様はすぐに心得て、話を合わせてくれた。
「ああ、そういうことか。僕がいるから、きみはもう行っていいよ。なに、初対面の女性を相手にあんなことが言えるんだ。ポールくんが親切だということはよく分かった。」

ポールは何か言おうと口をパクパクさせていたが、結局言葉が出てこなくて立ち去っていった。
ポールが人ごみに隠れるまで、わたしたちは無言でその背を見送っていただった。

二人きりになった途端、わたしは口が動かなくなってしまった。
ダヴィド様のほうを見ることもできず、固まってしまう。
柱の陰とは言っても、見ようと思えば周囲からいくらでも見える位置なのだ。
怖くて周囲を見回していないけど、あちこちから嫉妬の視線を受けているような気がする。
わたしがダヴィド様の時間を独占するのは不相応なことは分かっているし、ロマンスが始まると期待するほど馬鹿じゃない。

「失礼な男だな。あんな奴とお見合いか?」
ダヴィド様の言葉に、とっさに返事をすることができなかった。
「モニーク?」
催促され、わたしは正面を見たまま、余裕ぶって答えた。
「ーーそうね、失礼な男。わたしも条件を出してやれば良かったわ。思いやりがあり、稼ぎがあり、勇敢な男なら結婚してあげてもいい、ってね。」
「そうでなければ立ち去りなさい、か。いいね、それでこそモニークだ。」
ちらりと見上げると、ダヴィド様が笑っている。

別に本心でこんな条件を出しているわけではないし、わたしのことをどんな性格だと思っているのか気になる発言だけど、彼が笑ってくれるならもうどうでもいい。

「この国には、独身のいい男がいないのかしら。」
口が勝手に動いて、辛口の言葉が飛び出た。
たぶん、舞い上がっていたんだと思う。
「そう判断するにはまだ早いんじゃないかな。例えば、目の前の男は、思いやりと稼ぎと勇敢さを持っていないかな?」
「売約済みの男に興味はないわ。」
ダヴィド様は、虚をつかれたように目を丸くして、次いで苦笑した。
「きみのお眼鏡に叶う相手が現れるように祈るよ。」
そっけない言葉。
ダヴィド様をまるで商品かのように表現したことは、彼の気に障ったようだった。
ダヴィド様が売約済みという言葉を否定しなかったこともショックだったが、それよりも、自分の言葉を後悔して俯いた。

追い討ちをかけるように、可憐な声が。
「ダヴィド様、お待たせしてしまってごめんなさい。」
「マリー。」
ダヴィド様の背で隠れて顔は見えないが、うなじに一房流した金髪の巻き毛が見えた。
ダヴィド様が呼びかけた名前からも、彼女が噂の美少女、金髪マリーだと分かった。
「あちらでおば様のご友人に捕まってしまって‥‥あら、どなたかとお話ししていらしたんですか?」
そっとこの場を去ろうとしていたのに、彼女に気付かれてしまった。

「ああ、クレドルーのモニークだ。モニーク、彼女はマリーだ。」
マリーは屈託のない、魅力的な微笑みを浮かべて「初めまして。」と言った。
笑顔になる直前、彼女の瞳が探るように、わたしとダヴィド様の間を往復したのを、わたしは見逃さなかった。
いくら完璧な微笑みを向けられても、その一瞬の視線に気圧されてしまって、わたしは「初めまして。でも、ちょうど失礼するところでしたの。今度お会いしたら、またぜひご挨拶させてくださいね。」と、そそくさとその場を去った。

厨房のチーズをかじろうとしているところを人間に見つかったネズミの気分だ。
白旗をあげて、早々に逃げ出した。

その場を離れたとき、わたしを探している付き添いの姿を見つけた。
ポール様が怒って帰っていったがどうしたのか、と彼女は焦っていたが、意気消沈したわたしの姿を見てなにを想像したのか、いたわるように背を撫でてくれた。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25