彼女はパーティーに出てくるくせに、毎度つまらなそうな顔で会場の隅にいる。

そんな顔をするくらいなら来なければいいのだ。
仏頂面でいられては、主催者も迷惑だろうに。
そう思うものの、未婚の娘ともなれば、こういう場に顔を出さないわけにはいかない、という事情もわかる。

今日も、誰にも相手にされずに壁の花を決め込んでいるのだろう。
あれで愛想が良ければ、まだ嫁のもらい手があろうものを。
自ら縁を遠ざけてどうする、と思うが、忠告してやるほどの仲でもない。

「おぉ、ダヴィド!ここのところパーティーに顔を出してるって噂は本当だったんだな。」
軍隊に徴兵されていたときに知り合った悪友に肩を叩かれ、顔をしかめた。
こいつと一緒にいると、いつも面倒なことが起こる。
良識を母の腹の中に忘れてきたと言われている問題児で、実際、顔と頭の良さをろくなことに使わないトラブルメーカーなのだ。

「んん?知ってるぞ。お前、花嫁を探しにきてるんだろぉ。北からおばさまが来て、身を固めろってこんこんとお説教されたんだって?おばさまには逆らえねぇもんなぁ。」

「離せよ。暑苦しい。男とひっつく趣味はねぇよ。」
腕を振り払って周囲を見ると、こちらをうかがっていた夫人がたがさっと目をそらした。

ここで、パーティーに参加する真剣度を疑われてはいけない。
周囲が聞き耳をたてていることを承知の上で、さりげなくアピールすることにした。

「久しぶりだな。お前と悪ふざけをしていたのが懐かしいよ。あの頃はガキだった。そろそろわたしも、人生をともにする伴侶が必要だと思ってね。幸せそうな友人を見ていると、しみじみと独り身が寂しく感じるよ。」

極めつけににっこり笑ってやれば、周囲の女性たちの温度がぐっと上がった。逆に、ざっと距離をあけた男は鳥肌をたてている。

すごすごと退散していく男を見送ってから、改めて会場を見回した。
今年デビューしたばかりで話題になっていた、金髪美人のマリーは来ていないようだ。
一度会ったが、あのキラキラとした青い目で見上げられると、誇らしい気分になる。

評判もいいし、従順そうな、申し分ない花嫁だ。もう少し話をしてみて問題なければ、もう彼女に決めようかと思っている。

結婚してしまえば、しばらくは領地に引っ込むことになる。
こういったパーティーもしばらく見納めだと思えば、少し遊び心がわいてくる。

例えば、壁際でツンと澄ましているあの令嬢。俺が近付いても、あの取り澄ました顔を保っていられるか、いたずらしたくなってきた。

ぴんと背筋を伸ばして立つ彼女を目指して、まっすぐに歩いた。まだ気付かれてはいないようだ。
ワイングラスを持つ細い指を見て、かつて一度だけ、あの手をとったことがあるのを思い出していた。

あれは、まだ彼女がデビューする前のこと。正式なパーティではなく、あくまで身内でのお祝いの席で、親たちは、小さな子どもを連れてくることも許されていた。
彼女はまだ10歳かそこらだったと思う。父親に連れられ、質素なワンピースを着ていた。

父親はなにごとか用事があったのか、会場の入り口に幼い彼女を残して、その場を離れてしまった。知らない場所に置いて行かれた少女は、そわそわと所在無さげにその場で立ち尽くしていた。

俺はといえば、少年仲間と集まってふざけながら、その光景をちらちらと盗み見ていた。見たことない子だな。どこの子かな、とごく自然な興味でもって。

すると「友だちと遊んでいらっしゃい。」と俺を追い払ったはずの母親が小走りで俺に近づいてきた。
「会場の入り口に来ている、あなたのいとこを迎えに行ってちょうだい。」
さて、いとこはどんな子だったか。長いこと会っていないので、あまり覚えていなかった。

「あなたより二つ年下の女の子よ。黒髪の、かわいい子よ。」
女の子か。
友だちに冷やかされるのが嫌で「えー、めんどくさいな。」とあえて不満そうな顔を作って、俺は会場の入り口へと向かった。

入り口すぐには、ワンピースの女の子が立っている。そして少し離れたところに、もう一人の女の子。そちらは、ふんだんにレースが使われた豪華なドレスだった。
どちらも黒髪だ。

「ねぇ。」
俺は、手前にいた質素なワンピースの女の子に話しかけた。
少女は目を丸くしてこちらを見た後、あたりをきょろきょろと見回してから、自分?とでも言うように再び俺を見た。

「迎えにきたよ。」
少女は戸惑っていたが、手を差し出すと、うつむき加減で、はにかんだようなほほえみを浮かべ、その手をとってくれた。

まるであのときに返ったような気持ちで、大人になった彼女に近づいた。
俺に気付いたのか、ちらりとこちらに視線を向けた後、すぐに視線をそらしてしまった。
しかし、俺を意識しているのが分かる。
すぐ目の前に立ち止まっても、視線をわざと外しているからだ。

「ねぇ。」
そう声をかけると、彼女ののどからかすれた声がもれた。
しかし、頑なに顔を上げようとしない。
俺はつまらない気持ちになった。なぜこちらを見ようとしない。

この後の展開は、まったく考えていなかった。
正面まで来て言葉が出なくなり、その結果。
「そこ、どいてくれる?」
口から出てきたのは、そんなどうでもいいことだった。

彼女は背後を振り返り、スツールを認めると、何も言わずに一歩よけてくれた。
俺はその横を通り、スツールに腰掛けた。
本当は、スツールになんて座りたくないのに、どうしてか、そんなことを言ってしまったのだ。

これでは、以前と同じ。また失敗だ。
幼い彼女を連れて席に戻ったとき、泣きべそをかいたいとこを連れて、母が俺たちのところへやってきた。
いとこのふりをしてこの場にいる、そのワンピースの少女は誰だ、ということになり、居たたまれなくなった彼女は、俺の手を振り払いその場から逃げ去った。

「顔が分からなかったんだから、仕方ないだろ。」
そう言い訳したものの、あれは多少、自分の願望が入っていたと思う。
違っていたとしてもいいか、と思ってしまったのだ。
本当は気付いていた。
この女の子は、俺のいとこではないだろう、と。もう一人の、レースに埋もれた少女が、俺のいとこだろうとも。
ただ、勘違いしたふりをして彼女の手をとった。そうしたい、という願望のままに。

座りたくもないスツールに腰掛け、背後から、毅然とした背中を見つめた。
髪が頭上でまとめられているため、うなじがあらわになっている。
白い肌に落ちた黒いおくれ毛に、胸がざわつく。

もしかして、あの日のことを覚えていて、恨んでいるだろうか。
悪意があって彼女を衆目にさらしたわけではなかったが、見世物にするために連れてきたと勘違いされているかもしれない。
あれ以来会って話をする機会もなく、ここまで来てしまった。
彼女の背中は、まるで全体で俺を拒絶しているようだ。
振り向いて、ほほえんでくれないだろうか。いや、してくれないだろうな、と心の中で否定した。

ふと視線を感じてそちらを向くと、さきほど退散していった悪友がこちらを見ていた。
その顔には、にやにやとした表情が張り付いている。
その周囲には、こちらの様子をうかがう夫人がた。

ふ、と苦笑をこぼした。パーティーの最中にあまり余計な物思いにふけるものではないな、と自分を戒め、意識を現実に引き戻した。
そして、腰を上げ、彼らのほうへと足を踏み出した。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25