モニークの頭のてっぺんを見下ろす位置で、彼女が語るのを見守った。
俺の立場はセザール様の元部下だが、心の中ではモニークの味方だった。
セザール様は、もともとこの狩りの間にモニークと接触しようとしていたと言っていた。
一体なにを言い出すつもりなのか。
目的のためなら女だろうと容赦しない人だけに、はらはらする。
もし無茶を言い出すようなら、断りづらいだろうモニークの代わりに、俺が断ろうと心に決めていた。

これまでセザール様に振られてきた様々な命令を思い出して、もし彼女がそれに巻き込まれたらと思うとぞっとする。
現場で命の危険にさらされるばかりでなく、任務の後も、逆恨みを買って夜道で襲われそうになったりもする。
脅迫状も、何度も受け取ったことがある。
正しいことをしているとは言っても、それだけ諜報の仕事というものは恨まれるものなのだ。
彼女には向かない。

彼女はいま苦しい思いをしている。
助けを求める側であって、誰かを助けてあげられるような余裕はないはずだ。
抑えた簡潔の言葉でクレドルーを追われたことを説明しているが、実際の彼女の気持ちをおもんぱかれば、とても平静ではいられない。
どれだけ心細かったことだろう。

結婚して嫁いだ彼女の姉たちとは違い、モニークは頼る男がいない。
兄は頼りにならない。
そして、父も。
そうなれば、誰か頼りになる男が、側についていてやるべきではないか。

例えば、俺とか。

俺には、彼女の両親ごと援助しても、まだ余裕がある。
困っている女性を助けることこそ、男としての使命なのでは。

俺の懸念に反して、セザール様が彼女に望んだのは、任務においてなんらかの役割を担うことではなく、ただ単にクレドルーに関する情報を話してもらうことだったようだ。
そのことに、ひとまず息をつく。


だが話が進むにつれ、俺は別の意味で焦れ始めた。

セザール様が優しそうに「つらかったでしょう。よく話してくれましたね。」とモニークの顔を覗き込んだ。
モニークが一瞬呼吸を止め、息を細く吐いたのが背後からでも見て取れた。

セザール様のその位置を代わりたい。
もしできることなら、いまここでモニークに教えてあげたい。
一見優しそうでも彼はきみの救い主にはならない、と。

俺だ。
俺こそが、きみの救い主になれる男だ。

だがモニークは、俺にはかたくなに自分の事情を話さなかったくせに、セザール様にはあっさりと話をしている。

セザール様が女性に人気があるのは分かっているし、こういう時に女性の心をほぐすことがとても上手なのは知っている。
任務のときも、それはよく見てきた。
彼が出てきた途端、女、子どもはなぜかすぐに彼に心を許すのだ。

セザール様特有の柔和な雰囲気のせいか。
中身は誰よりも真っ黒なのに、その見た目は反則だろう。

俺はどちらかというと、ぶっきらぼうでよく言葉を間違える。
それは自覚している。
モニークからしても、最初からケンカ腰だった俺よりセザール様のほうが話しやすかったのかもしれない。

それでも、事情を話すなら、第一に俺に話してほしかった。

この短時間でなぜか通じ合っているように見える二人。

セザール様、そのいかにもモニークの味方です、という態度はやめてください。
内心じりじりしながら、心の中でセザール様に抗議した。

「わたしがパルクス様にお話しようとしていたのは、事前に手紙で送っていた通り、クレドルーの屋敷の中の家財道具や家族の私物を引き取りたいということです。それがあれば、生活が多少は楽になるので。」

そのことを聞いて、カッと頭に血が上った。

くそっ!
荷物を受け取るだなんて、そんなささいなこと!
そんなささいなことのために、彼女はこんな場所まで呼び出され、彼の餌食になろうとしていたのだ。

俺は歯を食いしばらなければ叫び出しそうだった。
ぎりぎりと食いしばった歯の隙間から唸り声が漏れるのは防ぐことができなかった。

パルクスは、本当に着の身着のままで、モニークたち家族を追い出したのだ。
家財道具を売らなければならない生活とは、一体どんなものだ。
想像もつかない。

あの男がいた部屋で、一発殴っておけばよかった。
女性の弱みに付け込んで呼び出しいいようにしようとするなどと、本当に下衆すぎる。


セザール様からの質問に、彼女は淡々と、感情を交えずに答えている。
困っている、助けてほしい、ということをアピールすることはない。
自分のことを後回しにして、セザール様が必要とする情報だけを正確に引き渡そうとしているのだ。

陛下の秘書という肩書を持つセザール様を前にしても、彼女は背筋を伸ばして、堂々としている。
普段の彼女からすればおおよそ関わることのない相手を前にして、緊張していない訳がないのに。
まるでそれを感じさせない。

そのことがなんだか誇らしい。

どうですか、セザール様。
彼女は立派な女性でしょう。

我がことのように自慢したくなる。

彼女はどんな夜会でも、背筋を伸ばしていた。
澄ましてツンとした態度は、確かに男性を遠ざけていたかもしれないが、媚びる女性よりもよほど品があると今なら思う。
この状況で、こうした態度がとれる女性はそうはいないだろう。
誰かを頼ることなく、一人で問題に対峙している。

だからこそ、俺は彼女を助けたいと思ってしまうのだ。
今だって、パルクスの部屋を訪ねる前にどうして俺に一言相談してくれなかったのかと歯がゆくてならない。
彼女が苦しんでいる間、俺はなにも知らずに友人たちと一緒に酒を飲んで笑っていたのだ。
自分のことも殴ってやりたい。

もしこの狩りに俺がいなかったらと思うと背筋が凍る。
手遅れにならなくてよかった。
セザール様にどんな思惑があるにせよ、この狩りに誘う相手として俺を選んでくれたことに感謝したい。


それにしても、モニークの兄は、本当になにをしているのか。
自分のせいで家族が屋敷を失い、自分を恥じているだか何だか知らないが、自責の念にとらわれるより先にやるべきことがあるだろうに。
すべて放棄して閉じこもるなど、最悪の手段だ。

もし何らかの事情により仕方なくクレドルーの権利の移譲に関する証文にサインしたのだと仮定しても、そのことに一番影響を受ける家族に真っ先に知らせないなどなにごとか。
モニークの父だって、パルクスが乗り込んでくるより先にこのことを知っていれば、もう少し状況は違っただろう。


話も終わろうかというところで、モニークが遠慮がちに聞きたいことがあると申し出た。

「セザール様は、なにを調べていらっしゃるんでしょうか?」

もっともな疑問だ。
モニークからしたら、陛下の秘書が出てきてクレドルーのことについて質問をしたということは、なにか陛下のご不興を買うようなことをしただろうかと心配することだろう。
もちろん、こうした形で財産を失うことに対して、陛下はいい顔はなさらないだろう。
土地を管理すべき者が、正当な理由なくそれを手放したのだ。
だが財産を譲ること自体は禁止されているわけではない。
破産した貴族が屋敷を失い無一文になることも、まあ、そこかしこで聞かれる話だ。
わざわざ陛下の秘書が調査に乗り出すまでもない。

パルクスの調査のためとセザール様はおっしゃるが、パルクスのなにを調べているのか少し心当たりがある。
俺は今回の狩りへの参加が調査のためだとは聞いていなかったが、知ったからにはセザール様にはこれから話をしてもらえるだろう。
というよりも、望むと望まざるとに関わらず、強制的に聞かされることは間違いない。
これから本格的にこき使われるかと思うと、想像するだけで遠い目になってしまう。

クレドルーのために動くことが嫌なわけではない。
もともと、クレドルー平原は伯爵家が所有する屋敷にも近い。
力ある貴族として、昔から周辺一帯の地域のもめ事を解決してきた歴史がある。クレドルーを含めた周辺が、伯爵家の庇護下にあると言っていい。
昔よりもそうした繋がりが薄くなったとはいえ、それでもモニークたち家族が屋敷を失ったことは、人ごとではないのだ。
セザール様が俺を選んだのも、俺がモニークと知り合いだからという理由だけでなく、その部分が加味されているのだろう。
気が重い理由は、ただただセザール様の指揮下で動かなければならないということ、それだけ。

いや、俺のことはいい。
問題は、モニークにどこまで説明をするのか、だ。
もちろん彼女はセザール様が諜報員の一人として動いていることなど知らない。
彼女の安全のためにも、パルクスが危険人物だということだけ知らせてパルクスに近付かないように注意喚起しておいて、あとは調査に関する余計な情報を与えないというのがベストなのだが。

「僕がパルクスを調べているのは、個人としてではなく、仕事としてでしてね。あの男は、叩けばいくらでも埃の出てくる奴です。国土の安定のため、泰平な陛下の治世のために、秘書といえど、時にはこうしたこともするのですよ。ええ、秘書の職務を超えていると僕も思うんですけど、これも上からの指示ですので、仕方なく。僕も上には逆らえませんからね。つらいものです。」

言葉こそ長いが具体的なことはなにも言っていないので、情報量としては「パルクスについて調査をしている」という言葉からなんら変わっていない。
そのはずなのに、聞いた側としては説明してもらえたような気になるらしく、現にモニークからは今日初めての笑顔がこぼれている。
どんな錯覚なんだか。

以前セザール様が「男性と違って女性は、自分の感情を尊重されているかどうかが重要なのですよ。ですから、彼女たちに対する気遣いさえあれば、必ずしも理屈を説明することはありません。」と言っていたのはこういうことか。

人格が破たんしていようと何だろうと、上官としてセザール様は信頼できるかただ。
セザール様が出てきたなら、この問題はほどなく解決するだろう。
クレドルーも、モニークたち家族の手に戻ってくるに違いない。

セザール様が「誰か頼れる男性は」と言ったとき、いよいよ俺の出番だと思い、自ら名乗り出た。

「セザール様、モニークは責任を持ってわたしが保護します。」

モニークは「大丈夫です。」と固辞しようとしたが、どうも軽く考えているように見える。

セザール様がパルクスの悪事をオブラートに包んで話すと、モニークは途端に大人しくなった。
俺が知っているパルクスの悪事は、実際はもっとえげつない。
「夜の相手をさせている」とはかなり柔らかい表現になっているが、それでも彼女はショックを受けたようだった。

彼女は見るからに健全な、愛のある環境で育ってきた女性だ。

パルクスのような卑劣な男に、モニークは渡さない。
必ず、俺が守る。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25