まだいとこが生きていた頃。
一度、伯爵の屋敷に親戚が集まったときに、おじといとこの口論を目撃したことがある。
晩餐会場になかなかやってこないと、おばがいとこを探していたので、俺も一緒になって捜索を屋敷を探し回った。

普段は立ち入らない階の廊下を歩いていたとき、明かりが廊下に漏れている部屋があった。

『ですからっ!僕も戦いに参加すると言っているんです!』
『馬鹿なことを言うな!お前みたいな軟弱者が行っても、足を引っ張るだけだ。最後に訓練をしたのはいつだ。ん?死にに行くようなものではないか。』

その部屋から、激しく言い争う声が漏れ聞こえてきた。
隣にいるおばを見上げると、彼女は両手を口に当てて立ちすくんでいた。

『お前の目的はなんだ。戦争に参加することか。それとも我らの王を勝利させることか。』
『勝利に決まっています!』
『だったら、お前は戦場に身を置くのではなく、もっと大局的な立場で動くべきではないのか。お前ならそれが出来る。』

話の内容はよく分からなかったが、内戦のことについて話していることだけは分かった。
その頃、国は真っ二つに分かれて争っていたのだ。

『つまり、仲間が戦っているのに、僕だけ安全な場所にいろというのですか!』
『そういうことではない。一兵士として戦うばかりが貢献ではあるまい。もっと有用な手段で、お前にできることをやれと言っているんだ。』
『もういいです!あなたはどうせ、僕の友人を馬鹿にしているんだ!はなにを話しても無駄だ!』

部屋からいとこが飛び出してきて、廊下におばがいるのを見ると、ぎくりと身体を固まらせた。
そして、くるりと体を翻して、反対方向へ去って行った。

いとこの姿が見えなくなってから、おばがおじのいる部屋へと駆け込んだ。

『あなたっ、あの子を止めてください!』
『放っておけ。どうせ、本人の思うようにしか生きられない。』

俺は居たたまれず、両親がいる晩餐会場へと引き返した。


息子を亡くしても、おじは相変わらずだった。
そんなふうだから、いとこは反発したんだ、と何度言ってやろうとしたことか。

一方、おばは悲しみの中にあった。
今は惜しみなく愛情を与えてくれるおばも、最初は悪鬼に取りつかれているように見えた。

『王に誠心誠意仕えなさい。あの子は立派だった。あなたも、命を賭して王に仕えるのよ。そのために、あなたは養子になったの。』

おじは、おばと反対のことを言っていた。

『あいつは馬鹿だった。わたしの言うことを聞いていれば、あんな死にかたをしなくてよかったのに。』

そんな歪んだ環境で、俺は一時期すべてを否定するようになった。

実父はうだつの上がらない負け犬で、おじは強欲な拝金主義者。
馬鹿にされる父にイライラしたし、馬鹿にするおじにもイライラした。

なにより、自分のことすら自分で決められない、弱い自分が嫌だった。
両親の教えが間違っていないことを、おじに証明することすらできない。


しかし、おじのことを知るうちに、おじの見方に変化が現れた。

おじがこれまでしてきたことを、徐々に知るようになっていたからだ。

彼は、内戦中、安全なところに隠れていたわけではなかった。
軍とは別のところで、独自に物資の補給や輸送をするための組織を立ち上げていたし、最新鋭の武器の調達をしたり、内戦を終結させるために関係者の利害を調整するよう動いていたりした。

それらをよく思わない人間から命を狙われ、あわやということもあったし、危ない橋を渡ったことも何度となくあったようだ。

よくよく調べてみると、その活動は、いとこが戦争に参加したころから特に活発になっていて、結果、それからすぐに内戦は終結した。
表面だけでは分からなかったが、おじはおじなりに、息子を助けようとしていたのだ。

さらに、戦争の負傷者や遺族の生活を守るための事業団設立に尽力したり、その後のことまで考えて動いていた。

おじのいとこに言っていた『できること』とは、こういうことだったのだ。
もしいとこが自分の父親について知ろうとしていたら、結果は違っていたのかもしれない。
そう考えるとやるせない気持ちになる。

また、その頃には俺と養父母との関係も安定してきていた。

おじが父を否定した理由についても、語ってくれた。
『すべてを尊重することには無理がある。それはちょうど、歩こうとして両手両足を一気に出すようなものだ。一歩も歩けやしない。大切なのは、自分がどの立場にいたいのかを考えることだ。他人を否定する必要はない。お前の父親の仕事は立派だと思うよ。そういう人間がいなければ、社会は回っていかないからね。でも、わたしはああはなりたくない。ただそれだけだ。』

おばは『ごめんなさいね。』と謝りながら、
『最初は、あなたに対してひどい養母だったわよね。あの子とあなたは別の人間なのに。あの頃は、どうしてあの子が死んだのか、どうして死んだのがあの子だったのか、そればっかり考えていたの。なにか意味があったんだと。そう思わなければ、やりきれなかった。でも結局、なるようにしかならないのね。』

今では養父母に感謝しているし、もう一人の父母のように感じている。


両親や養父母、友人たち、そして上司。
周囲に支えられていると感じるようになってからは、ものごとがスムーズに流れるようになっていった。
自分の立ち位置を決めたことで思考がシンプルになり、悩むことが少なくなった。

がむしゃらに走っているうちに、いつの間にか自分を振り返ることを忘れていたのかもしれない。
これまでのことをじっくり思い出すなんて、いつぶりだろうか。

こうして隣にモニークがいるせいか。
モニークと一緒にいると、少年時代を思い出す。
子どもの頃のように、五感全てを使ってただ感じるということが心地よいものなのだと、久しぶりに思い出した。

少年の頃の俺は……モ二ークと初めて会った頃の俺は、すべての感覚を使って毎日楽しんでいたな。

子どもの頃の夢はなんだったか。

そうだ。
海に出て、海賊と戦い嵐を乗り越えて、誰も見たことのない世界を発見すること。
危険な冒険の旅に出ることを夢見て、胸を躍らせていた。

悪いやつにさらわれた姫を救い出し――この姫はモ二ークの顔をしていたが――困っている人たちを助けるヒーローになることを夢想した。

伯爵家の後継者となったとき、俺の少年時代は終わったと思っていた。

彼女と再会してから、プツリと分断されたと思っていた少年時代と現在が繋がるようになってきている。
これまでのことがあったからこそ、過去に憧れた少女を、いま助けることができているのだ。

――終わったと思っていたが、ここへつながっていた。

不思議なものだ。

まるで、自分に起こることすべてが、モニークに繋がっているような気さえする。


そのとき、ガタッと大きく馬車が揺れた。
モニークの頭が大きく揺れた。
俺は、肩から頭が落ちかかっているモニークの頭を、モニークがいるのと反対側の腕を伸ばして、再び引き戻した。
元の位置に頭を戻すと、しっくりくる。

「ここでよし」と言うように、俺はモニークの頭を軽くポンポンと手で打った。
そして確かめるように、頬を彼女の髪にすり、と擦り付けた。

まるで、俺のために作られたかのような存在ではないか。

こうして二人きりでいると、ここだけで世界が完結しているように感じる。
そして、これを起点にどこまででも広がっていくような、伸びやかな感覚を覚える。

ふ、と笑いが漏れた。
まるで下手な詩人のような言い草じゃないか。
俺らしくなくて、自分でも笑ってしまう。
友人たちに散々「即物的だ。」と言われる俺が。

しかし、これほど安らいだことが、今まであっただろうか。
それほどに、しっくりくる。

爽やかな風が頬をなでる。

このままピクニックにでも行ってしまおうか。
クレドルー平原で一緒に風を感じていた時のような、穏やかな時間を過ごしたい。

それとも、この季節に満開になる白い花が群生する丘があったはずだ。
そこはどうだろう。
花が嫌いな女はいないと聞くが、モニークはどうだろう。

目が覚めて一面の花畑だったら、モニークはどんなに驚くだろう。
想像して口元が緩んだ。


いつか連れて行ってやろうと心の中で約束し、馬車の揺れに身を任せた。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25