この国の北西部には、かつて栄えた王国があった。
滅びてからもその魂は脈々と継承され、末裔たちはいつか王を得て王国を復活させる日を夢見ているという。

その土地の出身者たちは各地に散らばり、各国の中枢に食い込んでいる。政財界で、王でさえ無視できない勢力となっている。

わたくしはその古王国の王の血筋で、幼い頃からそうしたものから自由になることはなかった。
出かけるときには護衛が付き、社会での立ち位置には常に注意しなければならない。
万が一、古王国に関する言動を間違えれば、その土地を直轄領として治める王と対立することになってしまう。

わたくしの結婚相手には、国一番の忠臣が選ばれた。
最初はなんて野蛮な男だと思ったが、慣れてしまえば案外かわいい。
「女の言いなりになどなるものか!」と声を荒げて言う割に、こちらをチラチラと見て機嫌をうかがっているところなど、思わず抱きしめたくなる。
実際に抱きしめると「バカにするな!」と怒られるので、想像の中だけにとどめる。

わたくしたちの間に生まれた娘は、すくすくと育った。
夫はあれで意外と子煩悩なので、娘はあまり人と接する機会がなく育った。
自分からなにか言わなくても最初から必要なものが用意されているせいか、すっかり受け身な性格になってしまった。

その娘に友人ができたのは把握していた。
夫と同じく王権主義を掲げる男の娘だ。
仲良くしているようだが、まるで子分のように見えることがあった。
その友人には兄や姉がいるらしく、おしゃまで生意気な態度に、たまに笑顔の裏でいい加減にしろよと罵っていたことは内緒だ。
娘も、この友人の自己主張の強さを見習ってくれれば、もっと交流の輪も広がるだろう。

貴族同時のお付き合いが増えてきても、娘はまだ友人の陰に隠れていた。
その娘が、なんだか最近そわそわしているな、と思っていたのだ。
まさか伯爵と接触していたとは。

後で知ったことだが、どうやら先走った娘の友人が、娘をエサに伯爵から譲歩を引き出そうとしたらしい。
あのクソガ‥‥いえ、なんでもありません。
その娘の友人は侯爵からきつくお仕置きをされていた。
侯爵の人となりは多少知っているけど、あの緊縛趣味はなんとかならないのか。
夫も顔を引きつらせて、絶句していた。
夫の素直で純な魂が汚されたらどうしてくれる。

話が逸れてしまった。
伯爵は、その仲間たちと一緒になって、王に制度の改正を求めていた。
しかし、その改正を実施すると、主に王権派たちの既得権益がごっそりと削られる形になるので、反対にあっていた。
以前、伯爵の勢力のうちの一部が何者かに襲われた際に、不自然に調査が打ち切られた。
彼らはそのことを王に訴えたが、王は黙殺した。
そのため、彼らは地方に散らばり、まるで自分たちの正しさを主張するかのように、徐々に力を蓄えていっていたのだ。

そして気が付いたときには、制度改正などしなくても、既得権益が意味のないものになった。
つまり、金の流れが変わり、既得権益から収益が上がらないようになったのだ。

彼らは宮廷に戻る条件として、襲撃事件の再調査と関わった者の処罰を要求した。
しかし、王は自らの正しさを証明するために、一度決定したことを簡単に覆すことはできなかった。
そっちが先に謝れ。いや、そちらこそ。と、そんなにらみ合いが続いていた。

そんなとき。
古王国の老総督に病気が見つかり、足固めをするために早急に娘を王室と縁付かせようと、夫が動いているところだった。

突然、娘が伯爵を追って領地へ行ったと聞かされたのだ。

伯爵は、王の招集をのらりくらりとかわしながら、たまにふらりと王宮近くに現れてはいつの間にかいなくなっている、神出鬼没の男だった。
伯爵は数代前の約定によって招集に応じる義務はないと言ってみたり、それでも強引に引っ張ってこようと兵を配備すると、配備を裏で指示した人間の不祥事が露わになり失脚したり、とにかく王宮が騒がしくなって、それどころではなくなってしまう。

伯爵は若い女の子たちに騒がれているだけあって見た目はいいし、男らしい。
わたくしの義理の息子になるのだとしたらうれしいが、娘にとってはどうだろう。
きっと手に余る。

夫は王権派の仲間から責められた。
裏切るつもりか、と。
王宮の貴族たちは必死だ。
なにせ、すでに借金で首が回らない者たちが数多くいる。

夫は怒りで顔を真っ赤にしていた。
王権派たちの中で立つ瀬がないのに加えて、王家との縁組を整えようと、動き始めてしまっていたのだから。

夫は娘を取り戻そうとやっきになっていた。
わたくしは、夫には内緒で、こっそり二人に会いに行った。

わたくしは二人は姿を見て「これはこれで、いいかもしれない。」と考えた。

伯爵は隠そうとしていたけど、娘を見つめる彼の瞳には、隠しきれないじっとりとした執着が見える。
案外、王家よりもいいものが釣れたのかも。

娘が熱に浮かされたような瞳をしているのは、この先が心配だ。
なにせ、一筋縄でいく相手ではない。
彼女のために、財産だけは守るようにと手配しておいた。
金がなくては、手足を削がれるのと同じだ。

わたくしは屋敷に帰り、夫の心を変えさせることにした。
夫に、さも初めから夫がこの婚姻の有用性について考えていたかのように「さすがはあなたですわ。」と囁いたら、ころっとこの婚姻を利用するほうへ転んでくれた。
夫のこういうところが、素直でかわいくて好きだ。

ただ思っていた通り、伯爵はそんなに簡単には動いてくれない。
夫が王家への説得をすんなり済ませ(王弟との縁談は、まだ内々のことで外に出ていないので、白紙に戻すのは難しい話ではなかった。王弟は扱いの難しい婚姻がなくなってあからさまにほっとしていたし、王は廷臣たちの話の矛先が自分から逸れて万々歳。王からしたら、失敗しても責められるのは夫だし、うまくいけば伯爵とのパイプ役ができるし、どう転んでも損はない。)、王権派をなだめ、いざ伯爵へ働きかけてもなしのつぶて。
王もそろそろ折れかけ、王権派も我慢の限界がきたところで、伯爵が動いた。
今まで裏で各方面へ働きかけ(確証はないが、おそらく伯爵のしわざだと予想している)、王宮を突っつかせていたというのに、あっさりと王へとこうべを垂れた。

その条件として、伯爵は夫へ、娘と夫の侍従の引き渡しを求めた。
二人の関係を匂わせる伯爵の言葉に、夫は目を白黒させていた。
寝耳に水なのだろう。
当たり前だ。
そんな事実はない。
しかし、娘の身持ちが悪いと聞かされれば、当然父として許せるものではない。

男同士通じるものでもあるのか、急に義理の息子の味方をして、父として責任を!と鼻息荒くしていたが、そこはなだめておいた。

思ったよりも、夫の侍従はうまくことを運んでくれたようだ。
彼は貴重な存在で、わたくしのこうした無謀な作戦にも、遊び感覚で付き合ってくれる。

一つだけ。
夫の侍従が娘について語るときに、瞳の奥にぽっとともるものがある。
きっと本人すら気付いていない。
空気を送れば燃え上がるのだろうが、わたくしはあえて無視している。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25