「そうか‥‥。」
帰ってきた夫に母の話をすると、彼は目を伏せて少し考えた様子だった。

「きみのお母様はなんでもお見通しだな‥‥。たしかに、北西方面のやりかたには興味がある。きみが気付かせてくれたんだよ。人に投資することを。」

「え?」

「小作人に、自由民になるための金を貸し、きみの家令のところで修行させただろう?あれは、北西方面がよくやる手だ。自由民になる人間が増えて都市に人が集まったけど、食べて行ける人ばかりではない。子どもが生まれても、養えない人も多い。北西方面の商人は、その中から見込みのある人間の衣食住の世話をして、その費用を貸しにするんだ。そして、金を稼ぐ力をつけるための訓練費用も、貸しにする。そうして稼げるようになったら、利息をつけて返させるのさ。前に言ってた、止まり木亭。あそこに貸し出されてる高級娼婦もそう。歌、踊り、知性、教養を学ばせた美しい女たちを育て上げ、働かせている。」

「それってなんだか‥‥。」

奴隷みたい、という声が聞こえたのか、夫は「彼らは自由意志に基づく契約だと言っている。」と答えた。

「実際、教育を受けた後に、彼らの斡旋するところで働くことは定められていないんだ。でも、彼らの指示通りに働けば、返済が優遇されるようになっている。それに、やっぱり安心感があるし、実入りが良いってことで、ほぼみんな、金を借りた人間の手の内で、働くことを選ぶ。」

夫はこれまで聞いたことがないくらい饒舌だった。
こんなに長く話すところなど、今まで見たことがない。

「これまでは、商人や金貸しは得体が知れないとして避けられがちだった。小作人にとっては、理解できないものだろうことは分かる。でも、これだけ交易が盛んになってきて、貨幣も浸透してきたんだ。これからは、そうしたものから学んでいくことが重要なんだと思うんだ。僕は王権自体に反対しているんじゃない。陛下には、これまで周囲にいた者たちだけで固まっているのではなく、こうしたことにも‥‥っ!悪い、退屈な話だろう。」

夫はポカンとしたわたしの表情に気付き、顔を赤らめた。

「いいえ、そんなことないわ。」
話はよく分からなかったけど、夫の思いが伝染してわたしまで熱くなってくる。
情熱的に話す姿を見ているのが、楽しい。

「ああっと、そうだな。きみのお母様の話だ。北西方面も一枚岩ではないから、商人や金貸しの中でも、北西方面の出身だってことを隠している者も多いし、古王国復活を支持していない者もいる。だけど、秘密結社って言われるくらいだから、もちろん裏で何を考えているかは分からない。それで、きみの立場だ。僕は、彼らの経済システムがこれからどんどん流入してくることを考えて、国として統一的に対応する体制の整備が必要だと思っている。でも、古王国復活に関しては、一切拒否する。きみを古王国に渡すつもりはない。」

「分かりました。」
わたしはこっくりと頷いた。

「きみはそれでいいのか?」

「わたしは‥‥実は、古王国の末裔の人たちって、あまり好きじゃないの。なんだか怖くて。昔、お母様と一緒に直轄領に行ったことがあるんだけど、すごい目を向けてくる人もいて‥‥ひどいことを言ってくる人も。」

思い出しても悔しくて、具体的な言葉は言えなかった。
「偉大なる王国の魂を汚す売女」「裏切り者」といった言葉が、今でも耳に残っている。
かの土地の人から見たら、彼らの目の前で、毎年、陛下に膝を折る姿を見せつける母は、その度に古王国の誇りを地に落とす者なのだろう。
そんな人ばかりではないと分かっていても、北西方面のことを考えるとすぐに、あの憎悪の瞳を思い出してしまって、どうしても苦手意識が消えない。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25