かれこれ二年以上、浅井先輩に片思いをしている。
入社してから、こまめに声を掛けてくれて、いつも助けてくれる教育係の先輩に恋をするのに、時間はかからなかった。

デスクの椅子に座ってパソコンを使っているときに、ソフトの操作方法が分からなくて困っていたわたしの背後に立って画面を覗き込む浅井先輩。腕を伸ばしてマウスを操作するその手が、ごつごつして男らしくて。
先輩の説明が頭に入って来なかった。
そのときは先輩に彼女がいたから諦めようとしたけど、気持ちは消せなかった。
不毛だな、とは思ったけど、どの道わたしに別の恋のチャンスなんてやってこなかったから、惰性で浅井先輩に恋をしていた。

入社二年目の夏、先輩が彼女と別れたという噂を耳にした。
直接先輩に聞く勇気はなかったけど、一時期元気がなかったから、そのときだったんだろうと後から思った。
浅井先輩がフリーになったと分かっても、引っ込み思案な性格で、気持ちを伝えることはできなかった。
一年以上ただ見ているだけだったから、今さら行動に移しづらかったというのもある。
素敵な男性だから、長いことフリーでいるはずがないと分かっていたけど、すこしずつプライベートな会話も増えていったから、距離が縮まっていると思っていたのに。

わたしが今まで付き合ったことがあるのは一人だけ。
大学二年生のときに、同じ学部の男の子と、半年だけ付き合った。
礼儀正しく告白され、お行儀よく付き合い、よそよそしく別れた。
そんなわたしの恋愛経験値は当然高くなく、浅井先輩のことを思っているだけで、精一杯だった。


松本先輩からお泊まりだと聞いたのは水曜日のこと。
やっと週末まで乗り切り、金曜日。

今日は飲もう。
そう決めて、近所のコンビニで、ビールの500ミリリットル缶を4本買った。
ちなみに、今日の浅井先輩は、一日中そわそわしてスマホを気にしていた。
そして、仕事が終わったらそそくさと帰って行った。
泣いて暴れたい。

「あれ。」
「あっ。」
コンビニを出たところで、松本先輩と出くわした。
わたしはさりげなくコンビニの袋を背後に隠した。
「なんだ、家、この近くなのか?」
「ええっと、松本さんもですか?」
「すぐそこだよ。この前、言ってたバーあるだろ。そこに行こうと思って。ちょうどいい、一緒に行くか?前に行ってみたいって言ってただろう。」
「あー‥‥。」
そういえば、そんな会話をしていた気がする。
松本先輩が、一人で飲めるバーがあると話していたときに、わたしは教えてほしいと言ったのだ。
完全にノリだった。
実際、家にいたくないときもあるので、一人で飲みたいときに入れるバーがあれば知りたかった。
でも、せっかく一人で入れるバーに行っても、会社の先輩と会うなら意味がない。
先輩も、自分が一人になれる場所を他人に荒らされたくはないだろうから、他の場所を自分で探そうと思っていたのだ。
松本先輩が「今度連れてってあげるよ」と言っていたのも、社交辞令だと思って流していた。

今からか‥‥。
こちらから教えてほしいと言った手前、なんとなく断りづらい。
しかし、今日はわたしの傷心日。
週末までなんとか頑張ってきたのだ。
早く家に帰って、すっぴんになって、ぐだぐだと泣きながら暴飲暴食したい。

どうやって誘いを断ろうか。

返事に詰まっていると、先輩の視線がわたしの手元に向いた。
「なんだ。今日は家で飲むつもりだったのか。」
「じ、実はそうなんです。なので、せっかくですけど‥‥。」
「そうだな、バーは今度にするか。」
ほっと力を抜いて「では‥‥」とあいさつをしようとしたところで、先輩が「いまそのコンビニで買ったんだよな。ちょっと来い。」と再度コンビニに入ることになった。
「これこれ。このコンビニに売ってるこのつまみがそのビールに合うんだよ。」
「へー、そうなんですか。」
せっかくだから買って行こうとしたところで、ひょいと先輩がそのつまみをレジに持っていた。
「これ食いながら飲もうぜ。」
へ?
「どこで飲むんですか?」
「俺んとこ、すぐそこだから。そっちの家でもいいけど。」
いやいやいやいや。
なにを当たり前のように決定しようとしているのか。

でも、考えてみればこれはチャンスなのか。
松本先輩なら、浅井先輩の彼女のことを知っているはず。
一人で飲んであれこれ想像するくらいなら、ショック療法よろしく詳しく聞いてどん底まで落ちてしまったほうが、後々いいのかもしれない。
ここで松本先輩に出会ってしまったのも、何かのお導きか。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25