社交界では、起こるべきことが起きていた。
つまり、リュビ族の王子が屋敷に女性を囲っているという噂が、宮廷人の間で駆け巡っていた。

「ジェラール王子はその女性を片時も離さないほど寵愛しているらしい。現にここ数日出仕していない」という声があれば「これはいつものデマだ。本当の話だったら、その相手がどんな女性なのか誰も知らないはずがない」という声もあった。

情報が錯綜する中、爆弾は落とされた。
嵐のように舞い降りたリュビ族の王妃が「嫁が来た」と声高に言いふらしていったのだ。

おかげで、数日ぶりに出仕したジェラールは、馬車から降りるなり真相を聞きたくてうずうずしている人々の視線にさらされることになった。
絡みつくようなそれをさらっと流し、ジェラールは磨かれた廊下を歩く。

向かいからディヤモン族の皇子がやってきた。

「おー、ジェラール。久しぶりだな」

皇子は大股でジェラールに歩み寄り、背中をぽんぽんと叩いた。

「お前の噂でもちきりだったんだぞ」

二人を中心に、周囲の意識が集まっているのが分かる。
さりげなさを装っているが、会話を盗み聞きしようとしているのをひしひしと感じる。

ジェラールと皇子は、連れだって歩きながら声をひそめて会話をした。

「どこまで出ている?」

「屋敷に女性を迎えたということと、王妃公認だということだけだ。王妃自身が公言していたから、それは確実。でも、相手の素情は一切出てないぞ」

「あの人は‥‥」

ジェラールは呆れたため息をついた。

「それより、俺が休んでいる間に動きがあったって?」

「耳が早いな。例のお前が言ってた議案が、次の会議の提出されるんじゃないかって話だ。っていうか、詳しい話は俺に聞くなよ。俺はお前の友達ではあるけど、身内でも眷属でもないから、ひいきはしないからな」

「いや、ディヤモン族として、あなたはそれでいい」

多くの血族たちの利害を調整し、善悪の判断を下すからこそ、ディヤモン族は王たちの王、すなわち皇帝として立っていられるのだ。
常に公平に考え、曇りなき目で物事を見定める役割を担っている。


王妃の出立前。

「あぁ、そうだわ。シトロン族が、特例区設置のために水面下で奔走してるそうね」

さも今思い出したかのように、母は言葉を紡いだ。その瞳の奥がきらりと光ったことで、それが今回屋敷に飛び込んできた本題だと気付いたジェラールも気を引き締めた。

その情報はジェラールも掴んでいた。
しかし、中央にいる彼とは違い、この王妃は大半を領地の城で過ごしているはずだ。
その耳の早さは、アレキサンドリテ族にも劣らない。

シトロン族は半貴族で、リュビ族の眷属だ。
全体のことを決める会議にはすべての血族から代表が参加するが、五大貴族の一つでも議案を否決したら通らないことになっているため、たいていの議案は、提出される前に手回しが出来ている。

以前シトロン族の大使がジェラールに持ちかけた特例区設置の話は、とうの昔に棄却されている。

「宗主が一度却下したものを、こそこそ隠れて他の貴族と交渉するだんて、ずいぶんなめられたものだわ。会議の場で否決するまでもない。完全につぶしなさい。正面切って喧嘩を売ってくるだなんて、何をとち狂ったのかしら」

商売に長けたシトロン族は、他族の領土の市場に多く参入している。
決して強引ではなく、それぞれの土地に適応し、いつの間にか居場所を築いているその手腕は、見事としか言いようがない。
しかし、細かく規制されたリュビ族では上手くいかないらしく、ずいぶん前から規制を緩和した特例区の設置を求めていた。

「もっと豊かになれるのに、なぜそんなに頑ななのです」

シトロン族の大使に言わせると、豊かさに勝るものはないらしい。
だが、リュビ族はシトロン族とは違う。
目先の利益に目がくらんでしまうと、取り返しがつかないことになる。

一人ひとりの戦闘能力が高いリュビ族は、最強の王によって統制され、皇帝の要請以外で他族がリュビ族の武力を使えないようになっている。

しかしその議案が成立してしまうと、いずれその決まりが形骸化してしまう恐れがあるのだ。

ジェラールは、シトロン族の本当の狙いはそこにあると考えている。

リュビ族を傭兵として雇う。
シトロン王というよりも、彼の外戚が考えそうなことだ。


「そりゃあ、そんなことになれば、うちとしても放置できないけど。その辺のことを付記しておくんじゃいけないのか?例えば、リュビ族の武力は例外、とか」

「10年後、20年後のことを考えると、賛成できないな。一つ許すと後はなし崩しだ。外殻だけ残して、中身を空っぽにさせられる恐れがある。例えば、傭兵ではなく警備会社としたらどうだ。シトロン族は抜け道を探すのが上手い。これは良いこれは駄目だと、もれなく条項を加え続けることになる」

「武力の独占だっていう非難もある」

「言わせておけばいい。統制の取れていない武力集団ほどやっかいなものはない。初めはいいかもしれないが、やがて手に負えなくなるぞ。リュビ族の傭兵が賊に成り下がったら、その時はどうする。野に放たれた狼たちは、誰が退治する。俺たちリュビ族だ。シトロン族に何が出来る。せいぜい賠償金を支払うくらいだろう」

皇子は、あごに手を当てて、考え込んだ。

「それだったら、早く行動を起こしたほうがいいぞ。ジェラールもその議案を了承してるっていう話を、一部信じてる人もいるから」

「なんだと?」

ジェラールは眼光鋭く皇子を見た。

「いや、お前が突然シトロン族のパーティーに現れてからの、今回の噂だろ。その囲ってる女はシトロン族の姫だって、まことしやかに……」

「皇帝陛下にお会いしてくる」

みなまで聞かず、ジェラールは急ぎ足で皇帝のもとへ向かった。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25