選択肢は、屋敷の中か、庭か、その二択しかない。

勝手知ったる庭の散歩をしながら、暖かい空気の中に、むわっとする熱気を感じて、ベルは季節が変わりかけていることに気が付いた。

ベルが王子の屋敷で暮らし始めてから、いつの間にか3カ月も経ってしまっている。
初めてこの屋敷に来たときは、こんなに長く滞在することになるとは思っていなかった。
いずれ何らかの役割が与えられると思っていたのに、王子は何も言わず、侍女たちとも一線を画したままだ。

(今日はなにをしようかしら‥‥なんてね。することなんて、昨日も一昨日も、なにもなかったんだけど。)

毎日これだと、さすがに飽きてくる。

アニーは、最近遊びにくる頻度ががくんと減った。
なんでも、シトロン族の社交シーズンが始まるその準備で忙しいらしい。
祖父が失脚してからは、以前よりも格を下げた催しものにしか出席しなくなったとはいえ、さすがに王妃の姪。
それなりのドレスや宝石の手配が必要だから大変だとぼやいていた。

(いいなぁ、わたしも外に出かけてみたい。)

ベルは3年前に領地を出て皇都に来てから、実はいまだ街を散策したことがない。
物語の一場面によく出てくる、宮廷人の社交の場だという公園や、女学園の塀の中から遠目にしか見たことのない塔。
一度は行ってみたいと女学院にいた頃から思っていたのだ。

公園にあるエムロード神像の、翼に触れると好きな人と両想いになれるというのは本当だろうか。
それに、最先端のデザインの服やバッグを置いているショップの並ぶオシャレな大通りに、かわいくておいしいお菓子屋さん。
考え始めたらきりがない。

以前、シモーヌたちと街歩きしたいとジェラール王子に伝えたときは、なんでも叶えてくれると言っていたのに「俺の予定が空くまで、もう少し待ってくれ」と言われてしまった。

ジェラール王子も一緒に行くつもりらしい。

(別に、一緒じゃなくても、いいんだけど。)

それを聞いたのが、寝起きに髪をなでられながらだったので、そんなことは言いだせなかった。

挙句の果てに「俺がいないときにもし必要なものがあれば、これに言うといい。」と、従者だというグルナ族の青年を紹介された。
ベルが女学院からこの屋敷に移るときに連れにきた、あの堅物男だ。
名前をロランというらしい。

必要なものを手配してもらうよりも、自分で出かけたいのだが。
ロランに言ったところで、またにべもない返事が返ってくることが分かり切っているので、今のところは何も言わないでいる。


庭の散歩から部屋に戻ったベルは、侍女たちには退室してもらい、部屋に一人になった。
他の人がいるとだらだらした格好ができないので、息が詰まってしまう。
たまにはこうしてソファで横になる時間が欲しい。

それにしても暇だ。

(あ、そうだ。)

ベルは部屋に備え付けられたクローゼットの開き戸を開けた。

クローゼットの中は広く、ひとつの部屋のようになっている。
左右にずらりとドレスが並んでいて、昼間のお出かけ着や夜会着、式典用のドレスや帽子など、用途に合わせて数種類が取りそろえられている。
どうしてかは分からないが、すべてベルのサイズにぴったりだ。

(一回、このクローゼットの中のコレクションをじっくり見てみたいと思ってたのよね。)

いつもは侍女がこの小部屋から選び出した2、3着の服のうちから、ベルが着たいものを決めるようになっている。
すべてを見るのはこれが初めてだ。

(それにしても、本当は誰のドレスなんだろう。すごく豪華だわ。わっ、これなんて、宝石の縫いとりがある)

繊細なレースを重ね合わせた飾りなどがあり、汚してしまわないか、傷がついてしまわないか心配で、そっと手にとりながら見ていく。

そのうちの一着に、思わず言葉が漏れた。

「素敵」

首元から胸元までは肌にぴったりと沿うようにレースがほどこされた薄布があり、胸の上の切り替えしからウエストまでは、薄布を重ねてふんわりと胸を覆うように作られている。
ウエストから足首までは、幾重にも重ねられた生地がひらひらと広がり、ボリュームのあるスカートとなっている。
生地の色は薄ピンクだが、布が重ねられたところは濃くなり、なんとも言えない絶妙な色遣いだ。
ウエストに、黒いレースの布がポイントとして添えられていて、全体を引き締めている。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25