「ベルちゃん、元気にしてたかしら。」

いつもの通り、大きな胸でぎゅうぎゅうされながら、ベルも慣れたもので、されるがままの状態で「王妃さま、おかげさまで、元気にしておりました。」と答えた。

「王妃さまだなんて水臭いわ。わたくしのことは、おかあさまと呼んでちょうだい。」

え、と固まってしまったが、美女はキラキラとした目で「さぁ!」と促してくる。振り返って視線で侍女に助けを求めると、侍女が小さく頷いたので、おずおずと「おかあさま」と呼びかけた。

「なんてかわいいのっ!」と再びぎゅうぎゅうされた。


「一週間早いけど、星誕祭の贈り物をベルちゃんと息子に持ってきたのよ。これはベルちゃんに。」

目の前に置かれたのは、光沢のある丈夫な素材や透ける素材、伸びる素材など、数々の種類の生地だった。
ベルは女学院で一通りの生地についても学んでいたが、初めて見るものもあった。

「それは、エムロードの国で新しく開発された生地よ。丈夫で汗も吸うし、肌触りが良いの。染も素晴らしいでしょう。」

ベルは手を滑らせて、その滑らかさに驚いた。

「ドレスにしても良いし、ハンカチにしても良いし、好きに使ってちょうだい。ところで、ベルちゃんは、ジェラールに何か用意しているのかしら?」

「そ、それが……」

やっぱり用意するべきだろうか。

星誕祭は日頃の感謝を込めて身近な人に贈り物をする催しなので、基本的に誰に贈ってもかまわない。

ベルのいたパルレ族にこの風習はなかったし、女学院でも贈り物は禁止されていたので、これが初めての星誕祭だ。
何を贈れば良いのか思いつかない。

「なんでも良いのよ。そうだ、この布を使って、ハンカチを送ったらどうかしら。まだ一週間あるし、ベルちゃんが刺しゅうを入れてくれれば、ジェラールも喜ぶと思うわ。」

素人の作った刺しゅう入りハンカチなんて、ゴミにしかならないんじゃないかと思ったが 王妃の勢いに負けて頷いた。

「ジェラールには内緒で作って、当日、驚かせてやりましょう。」

王妃がウインクした。色気たっぷり過ぎて、見習いたいと思ったベルだった。


散歩以外にすることができたのはうれしかった。
一週間は退屈せずに済みそうだ。
パルレ族の領地にいた時も裁縫をよくやったなぁ、と懐かしく思い出していた。

悩んだ末、刺しゅうはパシヨン家のエンブレムと、ジェラール王子のイニシャルにした。
ハンカチの右下に、小さく控えめに。

何度も手を止めて、やっぱりプロが作ったハンカチを買ったほうが良いのではと迷ったが、買うにしても自分が直接選ぶことができないうえに、ロランに頼まなければならないということで諦めた。


そして星誕祭当日がやってきた。

この一週間ベルが刺しゅうをしていたことに、ジェラールが気付いていた様子はない。

いつものごとく寝起きにシーツの中で少し戯れて、あとは淡々と着替えと食事を終え、出仕していった。

それを見送った玄関ホールで、ベルはひとりため息をついた。
自分が星誕祭を意識し過ぎていることが、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。

(ジェラール様が帰ってきたらすぐに、ささっと渡して終わりにしちゃおう。)

それでも帰ってくるまで、部屋にいても落ち着かなくてそわそわしてしまう。

何度もハンカチを手に取り、おかしいところがないかチェックする。

喜んでくれるだろうか。
それとも、王子にプレゼントをしようだなんておこがましいだろうか。

(でも、もともと王妃さまが提案してくれたことだし、変なことじゃないわよね。きっと。)

ジェラールが受け取ったときのリアクションを一通り想像してみた。

嬉しそうに「ありがとう。大切に使うよ。」とキランと歯を見せる王子。

(これはないな。)

こんな粗末なものをよく渡したものだと鼻で笑う王子。

(そんなに性格悪くないわよね。)

必要ないと突っ返す王子。

(う~ん。)

無表情に受け取り、素気なく「ありがとう」と言う王子。

(これはありそう。)


実際は、予想通り最後のリアクションだった。

夕食前に帰ってきたので、食事の前に渡すと「あぁ、そうか。星誕祭だな。ありがとう。」とあっさりと受け取られた。

厳密には「パシヨン家のエンブレムとわたしのイニシャルか。」と事実確認をする一言も添えられていたが。

そのまま無造作にチェストの上に置かれたハンカチを見たときは、思わず鼻の奥とツンと痛んだが、なんとか自分の気持ちをごまかして涙が出るのをこらえた。

(期待しすぎ。バカ。わたしがバカ。)

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25