「デビュー用のドレスはあと2週間くらいで完成するよ。楽しみだね。」

にっこりと笑うイヴの笑顔がうさん臭い。

「それで、その指輪のことは解決したのかな?」

ベルは気まずそうに視線をそらして、左手を右手で隠した。

「どうしてそんなことを聞くの?イヴに関係ないでしょう。」

「僕はね」

イヴがぐっとベルに顔を近づけ、耳元でささやいた。

「この前会ってからからずっと、きみのことが頭から離れないんだ、ベル。きみのことが忘れられなくて、夢にまで出てくる。」

ベルは動揺して、視線を揺らして至近距離にある紫色の瞳を見つめた。

「僕だったら、もっと大切にしてあげられる。エムロード族はリュビ族と違って、妻は一人だ。きみが僕を選んでくれれば、きみはたった一人の、僕の奥さんになるんだよ。」

ベルは口を開いたが、そこからはどんな言葉もこぼれてこなかった。

「ジェラール王子に負けないくらい、贅沢な生活をさせてあげる。だから、どうか僕と一緒に来てほしい。」

笑い飛ばそうとしたが、そうしてしまうにはイヴの瞳は真剣過ぎた。

「正式に妻として認められていない、自由に外へ出ることもできない、そんなとらわれの身であるきみを、僕が救いたいんだ。」

その言葉で、いったい自分はとらわれの身だったのだろうか、とベルは自分を振り返った。
たしかにジェラールの友人や同僚に紹介してもらったことはないし、外へ出るにはジェラールの許可が必要だ。
しかし、ベルの血族はもともと男女の関係を公示するような考え方は持っていないし、少し前に外へ連れて行ってもらったばかりだ。

とらわれというほど、きゅうくつな思いはしていない。

困ったように首を傾げると「ベルは、ジェラール王子がパメラと出かけても、なにも思わないの?」と責めるように言われた。

「今日も、ジェラール王子は夜会にパメラを伴って行くんだよ。そのために、この屋敷にパメラも一緒に来ているんだ。ほら、ちょうどこれから出かけるところじゃないかな。」

窓の外からわずかにガラガラという馬車の音が聞こえてきた。

外をのぞくと、着飾った二人が見えた。
ジェラールが緑の髪の美少女のほっそりとした手を取って、馬車に乗せているところだ。
パメラは慣れた様子でジェラールの手を借り、優雅に馬車のなかへと消えていった。
ジェラールはベルが上から見ていることにまったく気づくことなく、パメラに続いて馬車に乗り込んだ。

ガラガラと馬車が出発し、門から消えていくところを、ベルはただ見つめていることしかできなかった。

「パメラは身分ある女性だから、結婚式は盛大にやるんじゃないかなぁ。」

ベルの全身に震えが走り、じくじくと痛んだ。

「イヴ、男性って、好きでもない相手とキスができるって本当なの?」

もうなにも見えないというのに、ベルは窓の外を見つめたままイヴに尋ねた。
イヴは斜め上からベルの硬い表情を見つめながら、ため息をついた。

「きみの望む答えかどうか分からないけど、正直、大半がそうだろうね。」

これまで、自分の扱いを不満に思ったことはないはずなのに。
こうもはっきりと違いを見せつけられると、平静ではいられなかった。

知らなければ良かった。

自分の立場など、知らなければ良かった。

「ベル、きみも、たまには気晴らしが必要だよ。ジェラール王子が行った夜会、僕も招待されているんだ。一緒に行こう。」

ためらうベルだったが「僕の気持ちを気にしてくれているんだったら、今夜はさっき言ったことは忘れていいよ。ジェラール王子が普段どんな世界にいるのか、見てみたくないかいかい。」と言われれば、好奇心に負けて頷いてしまった。

 

 

 

 

前の話へ   目次   次の話へ

 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25