夫に秘密があるらしいと気が付いたのは、何気ない一言が原因だった。

ジェラールの妻として正式に宮殿に上がり、皇帝と面会を果たしたその夜、ジェラールに伴われ、さまざまな宮廷人に紹介された。

一通りあいさつを終わった頃、ジェラールが呼ばれ、側を離れた。

ベルも一息ついて、近くのグラスを取って喉を潤していたとき、アレキサンドリテ族の王子が隣に立った。
慌ててグラスを置き、王子に向き直る。

「そんなにかしこまるな。今やお前は、リュビ族次期王の妃なのだ」

ベルベットのような滑らかな声で、王子はベルにささやいた。
いつも思うのだが、何気ない仕草や流し目に淫靡な雰囲気が漂っている。

「そんな、恐れ多くて。都会は知らないことばかりで、夫の足を引っ張らないようにするのが精一杯なんです」

「出身はどこなんだい?」

「コキヤ―ジュ地方です」

王子の表情が歪み、不憫そうにベルを見た。
実は、こんな表情で見られたのは初めてではない。
ジェラールと親しい何人かに出身を答えた時に、気の毒そうな目を向けられた。
ベルが不思議そうに見返すと、誰もがぱっと視線を逸らしてしまう。

違和感はあったが、ジェラールとの結婚に浮かれて、深く考えようとしなかった。

「まだ諦めてなかったのか」

聞き逃してしまいそうなほど小さな声だったが、それははっきりとベルの耳に届いた。


何を諦めていないのか。

その答えは、偶然聞いてしまったジェラールとディヤモンの皇子の会話から簡単に導き出せた。

「お前、それは絶対に嫁に言わないほうがいいぞ」

「だが、すでに彼女は俺の妻だ」

「だから言ってんだよ。夫婦円満なとこに、波風立てる必要もないだろ。今さら8年前のことを持ち出しても、何になるんだ。初恋は胸にしまっとけ」

ベルはすぐにその場を去った。


夫は、領土を閉ざしていたパルレ族の門戸を開かせた偉業を成し遂げた者として知られている。
これまで何人もが挑み、いずれも交渉が決裂して実現することがなかった街道建設事業。
パルレ族の土地を横断するその街道建設を指揮したのが、当時まだ17歳だったジェラールだ。

パルレ族は閉鎖的だ。
皇帝から任命された事業のためにパルレ族の領土にやってきた、若いジェラール。
そして、彼はパルレ族の娘と出会い、恋に落ちる。
しかし、パルレ族が異なる血族と結ばれることは許されなかった。

そんな悲恋があったとしても不思議ではない。

初恋は、なかなか忘れられないものだと聞く。
いまだに彼の胸の中には、その娘との思い出が輝いているのだろうか。
8年前、ベルはまだ7歳だ。
そんな昔に起こった出来事に嫉妬するはずがないと思いながら、ベルはある疑念を抱いた。

どうしてベルを妻に迎えたのか。

リュビ族の決まりでは、力ある男子は何人でも妻を娶ることができる。
ベルとの結婚を足がかりに、本命であるかつての恋人を迎えに行く気だったとしたら。


その日から、ベルはジェラールと目が合わせられなくなってしまった。

「ベル、寝たのか」

その夜も、ベルは先にベッドに入り、寝たふりをしていた。

ジェラールに触れられると、身体が強張って固まってしまうのだ。
このままではいけないことは分かっている。
しかし、意思の力ではどうしようもなかった。
ジェラールへの疑念が段々大きくなり、顔を見るだけでつらくなるほどだ。

ジェラールはため息をついて、ベッドの中に滑り込んだ。
ベルに背を向けて眠るのを感じて、自分から避けておきながら、やっぱり、と悲しくなる。

呆れているに違いない。
こんな子どもで、夫の浮気を問い詰めることも諦めることもできないよう臆病な娘。
ジェラールが、かつての恋人を迎えに行きたくなったとしても、無理はない。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25