「そういえば、シトロン族の王家の庭で、新しく出来た庭園の鑑賞会を行っているみたいですね。参加していですって?いけませんよ。半貴族の開催したものに参加するのは、同じ半貴族くらいです。もうすぐ貴女は、大貴族、かのリュビ族の王子の妃になるのですから、もっと自覚をもたなければ。付き合う相手、参加するパーティーというものはよくよく選ばなければなりません。有意義な時間の使いかたをするには――――」

ベルは、身体を小さくしながら、茶に近い赤い髪の青年の話を聞き流していた。
耳にたこができるほど、何度も何度も繰り返して聞かされている。
最初はなるほどそういうものなのかと熱心に聞いていたが、今はうんざりだ。

彼はやっぱり、好きになれそうもないタイプだ。

卒業式の直後に、おじさまの代理人としてやってきたグルナ族の男、ロランは、実はジェラール王子の従者だった。
それにしても、王子はなぜよりによってこの男に、自分の世話を命じたのだろうか。
「屋敷にこれを置いていく。何か困ったことがあれば、このロランに伝えてくれ」と言い捨てて、ジェラール王子はさっそうと出仕していった。
本当は、王子もこの従者が口うるさいと思っていて、体よくベルに押し付けたのではないかと勘ぐってしまう。

婚約が決まったものの、手配はすべてジェラールが行っているため、ベルは本当にすることがなかった。
手慰みに居間で刺しゅうをしているが、屋敷に残されたロランは、あまり気分を晴らしてはくれない。
アニーは、今日はシトロン族の行事があって、遊びに来られないという。
他族にも開かれた鑑賞会だと聞いたので行ってみたくて、控えめに要望を伝えたのに、口うるさいロランに上の言葉で却下された。

相変わらず、王子は無口だ。
最近は少しベルから話しかけられるようになったからいいが、そうでなければ、お互いじっと見つめ合うだけで時間が過ぎていく。
もちろん、それが悪いとは言わない。
というよりも、ベルもついジェラールに見とれてしまうので、あまりジェラールのことを言えないのだ。

(婚約の準備、どうなってるのかな。王妃さま‥‥いえ、おかあさまも、かなり張り切ってくださっているみたいだけど。聞いてみようにも、ジェラール様、最近特に忙しそうだし。)

婚約発表から結婚式までそれほど時間を置かないと聞いているが、どうなっているのか聞こうにも、そもそも話す機会がない。
王子と顔を合わせるのは、夜寝るときと朝起きたときのみ。

ベルは王子と同じベッドで眠っている。

王子が帰ってくる頃、すでにベルは部屋の明かりを消してベッドに横になっている。
「おかえりなさい。」と「おやすみなさい。」を同時に言うようになっている。
王子は「早く寝なさい。」とベルを包み込んですぐに眠ってしまう。

そして朝は――――

ベルは今朝のことを思い出して、顔を真っ赤にした。


目を覚ましたベルは、耳のすぐ側からする「起きたか」という低い声にぎょっとした。
何度経験してもドキドキする。

ベルが起きたと知るやいなや、王子はベルに覆いかぶさり、胸と胸をぎゅっと密着させる。

王子の唇が、ベルの耳から首筋を伝い、首の付け根に埋まる。

感触を確かめるように、何度も唇が往復し、暖かい吐息がうなじの髪の生え際にかかると、ベルは思わず身をよじらせるのだが、男性の厚い胸板に動きを阻まれてしまう。

さらに、王子は鼻をベルの首筋にこすりつけるように、ぐりぐりと動かすのだ。
初めてこれをされたときは「ひゃぅ」と恥ずかしい声が漏れてしまったが、今は来ることが分かっているので、何とか口を閉じて我慢している。

しばらくそのままでいると、やがて王子は満足そうなため息をついて、最後にぎゅっとベルを抱きしめると、むくりと身を起こして身支度を始めるのだ。

その毎朝の行動にベルの力がすっかり抜けてしまい、しばらくその場から動くことが出来ないのだった。

会話どころではない。



「――――ということがあり、その時僕は思ったのです。あぁ、このかたに一生ついていこうと。その決心は今も変わりません。あの時の判断は正しかったと、自信を持って言えます。僕だけではありません。あのかたを知れば、誰もがあのかたの素晴らしさに心打たれ、最後までついていこうと胸に誓うのです」

いつの間にか、ロランの話はジェラールの賛美にすり替わっていた。

「あの、ロランさん。ジェラール様のまわりのかたたちは、その‥わたしのことをどう思っているんでしょうか。わたし、パルレ族ですけど、大丈夫でしょうか。」

ためらいがちに尋ねたベルに、ロランはそれまでの勢いを消し、声を落とした。

「個人的には、言葉を選ばねば話すことができません。しかし何族であろうと、みな、歓迎しております。これでやっと、王子が帰郷を果たしてくれるだろう、と。」

結婚しなければリュビの国に帰ることができないという決まりなどあるのだろうか、と首をひねったが、それほど深くは考えなかったので「そうですか。」と返事をして終わった。
そして、ロランの存在を意識の端に追いやって、手元の刺しゅうに集中するのだった。


明らかに深い意味を読み取っていないだろう主人の唯一の妃に、従者はじと目を向ける。

(いま嫌味を言ったつもりなんですけどね。)


気が付かないベルは、今日も幸せなのであった。

 

 

 

 

前の話へ   目次   

 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25