意外なほど早く馬車が停まった。
てっきりあしながおじさんは、郊外に隠居しているものだと思っていたのだ。
この距離ならば、宮殿からもそう離れていないはずだ。

ベルは代理人に手を支えられ、馬車を降りた。
門が遠くに小さく見えるほどに広い庭。
思った通り、宮殿の屋根が木々の向こうに見える。
振り返って見れば、これこそが宮殿なのではないかと思えるほどに、立派で大きな屋敷がそびえたっている。

その時初めて、ベルは代理人が赤毛であることに気が付いた。
くすんだ濃い色のため、茶色にも見えるのだが、陽の光の下で見れば確かに赤い。

赤系の髪の血族を思い浮かべてみた。
代表的なのはリュビ族、そしてその眷属であるグルナ族。
しかし、様々な髪色を持つ血族もいるので、断定はできない。

それでも、宮殿近くにこれだけ立派なお屋敷を構えることができるとなると、よほど力を持った人なのだろう。

本当に自分はおじさまの役に立つことができるのだろうか。

ベルがこれまで通っていた女学院では、使用人としての教えを何一つ受けていない。
むしろ、あそこは使用人を使う主人としての教育を受けるところだ。

不安のまま、屋敷の中へ案内された。


通された応接間には、すでに先客がいた。

「お父さま、お母さま!」

両親はソファから立ち上がり、久しぶりに会う娘を抱きしめた。

「どうして、おじさまのところに?」

母は困惑したように父と顔を見合わせて、ベルの肩に両手を置いた。

「それがね、予定が変わったの。ここは――――」


「俺の屋敷だ」

言葉を引き継いだのは、深く艶のある声だった。

ベルはその声を一度だけ聞いたことがある。それも、ごく最近。

振り返ると、いつの間に部屋の中にいたのか、あの時の赤毛の王子がドアの前に立っていた。

言葉が出なかった。

父も母も、彼がここにいることをすでに知っていたのだ。

「話はすべてつけてある。ご両親の了解も得た」

ゆっくりと、まるで獲物をなぶる肉食獣のように王子が近づいてくる。
ベルは逃げることも、視線を逸らすこともできなかった。
側にいた両親が、そっと一歩下がった。

目の前に立った王子は「あとはきみがうなずくだけだ」とベルを見下ろした。

まるで天地がひっくりかえったかのように、ベルは混乱の極みにいた。
おじさまのところへ行くとばかり思っていたのが、連れてこられたのはリュビ族の王子の屋敷で、しかも彼は両親から自分に関する何らかの了解を得ているらしい。

考えられたのはここまでだった。
酸欠で意識が遠のきかけたところを、追い打ちをかけるように、男はベルの左手を取り、その薬指に指輪をはめだしたではないか。
サイズぴったりの指輪がはまった自分の左手を見て、ベルは卒倒した。


目が覚めたときには、すべてが終わっていた。

寝かされてたのは王子のベッドで、部屋には寮にあったベルの荷物がすべて運び込まれていた。

社交界に出てみると、なぜかベルと王子の関係が既成事実として噂に上っていた。

いくら否定しようとも、すでに手遅れだった。

彼女の左手薬指には、しっかりとリュビの結晶と呼ばれる赤い宝石が輝いているのだから。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25