床に倒れた扉の向こうには、オレンジがかった長い髪をなびかせた美女が仁王立ちしていた。
胸の谷間が強調された、ぴったりとしたドレスに身を包み、蜂のようにくびれたウエストに手を当てている。
太ももまでざっくりと入ったスリットからのぞく小麦色の肌が悩ましげだ。

もし、ソファの位置がもっと奥まったところにあったら、とベルは思わずにはいられない。
図書室の入り口から、何も隔てることなく、ベルたち二人は丸見えだった。

眼光鋭くした美女の後ろでは、使用人頭が、あちゃあ、とでも言うように手で額を覆っている。

ベルが思わず王子の胸元の服をぎゅっと握ったとしても、それは不可抗力だ。
たとえそれによって、美女がさらに目を吊り上げたとしても。

対応を間違えたと思ったベルが素早く服を離して王子の膝から降りようとしても、びくともしない腕が邪魔をする。

「あんた!」

細いヒールをカツカツと鳴らして一歩手前に止まり、二人を見下ろした。

どう見ても、恋人が使用人に手を出している現場を押さえた図だ。

いいえ、誤解です!

ベルの必死の弁解は、残念ながら引き絞られた喉で引っかかって外へ出てきてくれなかった。

美女は突然ベルの両脇の下を手に手を差し込み、思いっきり引っ張り上げようとした。

「こんな」

しかし、ジェラールも負けていなかった。
ベルの腰を両腕でがっしりと抱く。

「小さな」

身体が半分にちぎれそうなほど、ぐいぐいと両方から引っ張られるベル。
両雄、譲るつもりはないらしい。

「子をっ!」

まるで子どもがお気に入りのぬいぐるみを取り合うように力任せに引っ張られ、痛いっ、という声こそ出なかったものの、ベルの表情は痛みに歪んでいた。
王子の腕の力が一瞬緩み、その隙を美女は見逃さなかった。

すぽん、身体が王子の腕から抜け、美女はベルを抱きしめた。

「あぁ、なんてかわいい子なのっ。わたくしが来たからにはもう大丈夫ですよ。あなたをジェラールから守ってあげますからね」

「奥さま」

感極まったようにぐいぐいと豊満な胸に顔を押し付ける美女のなすがままだったベルは、使用人頭が美女を呼ぶその名前に固まってしまった。

奥さま。

使用人頭と顔見知りで、屋敷に自由に出入りできる奥さま。

ということは、王子の奥さんだ!

愕然とするベルをよそに、使用人頭はしわの刻まれた柔和な表情を崩さずに、美女をさとした。

「ディヤモン族の教えに、こうあります。二人の女が自分が本当の母親だと一人の子を取り合う場合、子を二つに裂いて分けろと命じればよい。本当の母親ならば、子を生かすために譲るだろう、と。先ほどジェラール様が手をお離しになったのは、お嬢さまを思いやってのことです」

美女は叱られた子どものような表情で「あなたには勝てないわ」と、しぶしぶ力を抜いた。

ジェラールはすかさずソファから立ち上がりベルを腕に乗せて抱え上げた。
ぐらり、と傾きそうになったベルはあわてて王子の頭にしがみついた。
いつも見上げている王子を見下ろす位置。
女性が男性に抱えられているというよりも、子どもが父親に抱っこをされているような感が強い。

「城を飛び出してきたのか」

王子が呆れたように口を開いた。

「そうよ。領地であんたの信じられない噂を聞いてね」

語気荒く、美女はジェラールを睨んだ。

「あんたって子は!こんな小さな子を屋敷に囲うだなんて、いつかやると思ってたけど、ついに犯罪に走ったのね!」

「良く見ろ。彼女はすでに適齢期を迎えている」

美女はジェラールたちに一歩近づき、視線をベルの上から下まで何度も往復させた。

「お嬢ちゃん、歳はいくつ?」

じっと見上げてくる瞳は金色で、それはジェラール王子と同じようにゆらゆらと光を乱反射させてきらめいている。

「じゅ、15です」

「すでに女学院を卒業している」

美女は目をぱちくりさせて、頬に手を当てた。

「あらやだ、本当にさらってきたんじゃないのね」

ベルは視線をさまよわせた。本当は、さらわれるようにして連れてこられたのだが。

だが、ベルが口を開く前に、美女がぱっと花が咲いたかのように顔をほころばせ、両手を広げた。

「ようこそパシヨン家へ、わたくしのかわいい娘!」

なぜか王子の奥さん公認になってしまった。

しかも、娘とは。

もしかして、これは子どものいないジェラール王子夫妻のおままごとで、自分は子ども役として王子の屋敷に引き取られたのだろうかとベルは首を傾げたのだった。

この後すぐに、美女は皇帝の宮殿に寄ってあいさつをしたら領地の城に戻ると言って屋敷を発った。
その表情は、何か収穫を得たかのように満足気だった。

去りぎわ、ベルのぺったんこのお腹をいとおしそうに見つめ「早く孫の顔が見たいわ」とジェラールにかけた言葉は、少女の耳に届かなかった。
そして、ジェラールが「そう待たせる気はない」と唇の端を上げたことも、知る由がないのだった。

 

 

 

 

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 最終更新日 2016/01/31

 最終更新日 2016/12/25